「……」
大倶利伽羅が姿見に映る自分の姿をなかば睨むように見ていると、鏡越しに燭台切光忠と目が合った。
「そんなに怖い顔をしなくても。鶴さんの企てが気に入らないのはわかったけど、そう何度もある機会じゃないんだから楽しまないと」
「他人事だな」
笑顔を見せる燭台切に、大倶利伽羅はため息をつく。
「まあこれは伽羅ちゃんのことだからね、悪いけど他人事だよ」
「おかげで好き勝手言えるわけか。気楽でうらやましくなる」
らしくないと自覚しながらも皮肉で返すと、燭台切は笑みを浮かべたまま「はいできた」と背中をやや強めに叩く。
「っ、おい」
「眉間にしわが寄ってるよ、伽羅ちゃん。せっかくの男前が台無しだ」
そう言って笑みを崩さずに大倶利伽羅の額を人差し指でぐいぐいと押してくる。
その手をうっとうしそうに払いのけて息を吐きだした。
本人は軽いつもりなのだろうが指一本であろうと燭台切の力は強いのだ。思わず顔をしかめ、押された個所をさすった。
ことの起こりは数日前。大倶利伽羅は非番のその日、自室で読書をして過ごしていた。
「――伽羅坊、花火デートだ!」
うかがいもなにもなく突然部屋の戸を開けて飛び込んできた鶴丸国永の第一声に、大倶利伽羅は反射的に手近にあった座布団を投げつけていた。
最初の驚きを大事にしたかった。反省はしているが後悔はしていない。
まともに座布団を受け止めた顔をさすりながら鶴丸はそう言ったが、そんなことはどうでもいい大倶利伽羅はさっさと出て行けと犬猫にでもするように手で払うしぐさをする。
「まあ聞け。伽羅坊、きみと主に俺から贈り物をさせてほしい」
「何を企んでいる」
「企みとは人聞きの悪い……いや、確かに企みには違いないか?」
自問自答する鶴丸を呆れたように見やって、大倶利伽羅は中断させられていた読書を再開しようとしたが本を奪われてしまう。
「返せ」
「相手の話はちゃんと最後まで聞くもんだぜ。なあ、悪いようにはしない」
「……話だけは聞いてやるが企みに乗ってやるつもりはないからな」
大倶利伽羅はそう返しながらも表情にはいささかのあきらめの色を浮かべた。
どうせ結局流されることになるのだろうと心のどこかで思っている所為かもしれない。
それでも一応は言っておかなければどんな言質を取られるかわかったものではないので警戒は緩めない。
警戒心むき出しの大倶利伽羅に対して鶴丸は、主である審神者を現世の花火大会に連れて行ってやれ、と無茶を言ってきた。
「は?」
「数日後に現世で花火大会があるんだが、それに主を連れて行ってやりたいと思ってな。で、どうせなら恋仲のきみらのデートも兼ねてどうか、というわけだ」
大倶利伽羅は訝しげに鶴丸を見やる。
現世に赴くには許可がいる。そしてそれは一日や二日でどうにかなるものではない。
第一、主である審神者はすでにお盆の時期恒例の墓参りのため、現世行きの許可を取っているはずだ。
そして大倶利伽羅は護衛として同行することが決まっていた。
だがいまはその時期には少し早いし、そもそも主から花火大会云々は聞いていない。
「護衛役の刀剣男士一振り分も含めて現世行きの許可はすでに取ってある。おっと、もちろん主が了承のうえでだ」
墓参りとは別にその日の分もだ、と鶴丸はどうしてか自慢げだ。
「なら自分で連れて行ってやったらいい」
俺を巻き込むな、と鶴丸に奪われた本を取り返し、大倶利伽羅はしおりを挟んでいたページを開いた。
「いいのかい。俺がきみの代わりに主とデートをしてきても」
「……」
「ふむ、それも面白そうか」
よしじゃあ早速、と立ち上がりながら鶴丸が様子をうかがっていることに大倶利伽羅は気づいてはいたが、あえて無視した。
突然やってこられた時点で不愉快な気分になっていたが、あまりに露骨な挑発それ自体にも苛立っていたし、それなりに読み進めていた本だというのに一向に内容が頭に入ってこないのも腹が立つ。
「本当にいいのか、伽羅坊」
「面白そうなんだろ」
返事がないことに大倶利伽羅が不審に思って視線をやると、鶴丸は考え込むように首をかしげ、口を一文字に結んでいた。
「いやそれはそれでこう、何か違うような……」
自分で言っておきながら不満そうな様子の鶴丸に、大倶利伽羅は反射的に舌打ちをしていた。
手近に投げつけてやれるものがないのがひどく残念だった。
姿見に映る自身を見やり、大倶利伽羅は再度眉を寄せる。
このために鶴丸が見立てた紺色に薄い白の縞模様が入った生地の浴衣をせっかくのデートなのだからと当人でもないのにはりきっていた燭台切光忠によって着付けをされ、準備は整っていた。
あまりの用意の良さに、浴衣くらい自分で着れると抵抗する気力すらなかった。
正直言って気が乗らない。結局流されるように同行することを承知したせいもあるし、鶴丸の思惑通りになっていることが単純に気に入らなかった。
だがいまさらどうしようもないことかと息を吐きだし、大倶利伽羅は部屋を出る。
今の主が望むのなら、その刀である自分は従うしかないのだ。
執務室の戸は開け放たれ、奥の主の私室の戸も半分ほどが開いていた。
中には篭手切江、乱藤四郎、薬研藤四郎、次郎太刀の四振りの姿があって彼らに囲まれるようにして主の姿があった。
篭手切江が着付けたらしい、内側が黒色で外側が紅色の帯と紺色の地に赤色の椿が散らばる柄の浴衣姿の主と目が合う。
いつもはひとつに結んでいるだけの髪を今日はまとめあげて、花飾りのかんざしで留めている。
乱藤四郎が大倶利伽羅に気づき、浴衣姿を見てうれしそうな表情を見せた。
「わあ、大倶利伽羅さんかっこいい!」
「おー、よく似合ってるじゃないか」
次郎太刀も同意するようにうなずく。
「ほら大将、迎えが来たぜ」
薬研が審神者の手を取り、大倶利伽羅のほうへと引いてくる。
「……行くぞ」
不覚にも一瞬見とれてしまったことを振り払うように、それだけ言って背中を向けた。
端末や財布、二人分の身分証や他必要そうなものを入れた底が竹かごになった巾着が審神者の手にある。
二人は用意されていた下駄を履いた。背後に明らかに冷やかし目的の輩が大勢、見送りと称してたむろしていて、大倶利伽羅は舌打ち寸前の苦々しい顔をした。
「気を付けて行って来いよ。伽羅坊、主を頼んだぜ」
「……わかっている」
ため息をつきつつ大倶利伽羅は審神者へと手を差し出した。
審神者が理由がわからず目を瞬かせると、大倶利伽羅は空いているほうの手をつかんだ。
「どうせあんたは転ぶからな」
なぜ当然のように断言するのか、という抗議の意思が表情に出たが、残念なことに思いあたる節があるのも事実なので、審神者は下手な反論はせずおとなしくうなずくだけに留めた。
鶴丸をはじめとした男士たちに見送られ、待っていたこんのすけと合流し、共に現世へつづく道を歩いて行く。
舗装された道に二人分の下駄の歯が当たる音が響くなか、先を歩くこんのすけの尻尾が左右に揺れるのを審神者はぼんやりと眺めた。
鶴丸国永から大倶利伽羅との浴衣デートを提案されたとき、こちらへの被害がなさそうな提案ならば軽く流しておくに限ると、大して深く考えずにうなずいていた。 どうせ向こうはうなずかないから話は消えるとのんきに考えていたし、なんだったら提案してきた鶴丸が一緒に行ってくれたらいいと思っていた。
確かに彼、大倶利伽羅とは傍から見れば恋仲になったといえるだろうが、距離感はあまり変わっていない。
たまたま二人きりのときにふとした拍子に手をつなぐことはあっても、実際には今のように転ばないようにという配慮でしかなく、抱きしめられたことすらない。
恋人同士がするふれあいなど皆無だった。
二人で出かけるのだって買い物に彼が同行してくれるくらいだし、あとの予定にある墓参りも山姥切国広が気を利かせて護衛役に大倶利伽羅を選んでくれただけのこと。
それも当然のことだろうと思う。
なにしろ自分から言い出して、彼が優しかったからこそ成立した関係だ。
そばにいてほしいと望んだ。戦いに誰よりもつれて行くと言って卑怯にも彼の気持ちを縛った。
本当なら軽蔑されて距離が離れても不思議ではないのに彼は受け入れてくれて、時折気遣いを見せてくれる。
それだけで充分だった。これ以上何かを望めばきっと罰が当たってしまう。
会話もないままこんのすけと別れ、二人が花火大会の会場に着いたとき、そこはすでに多くの人で溢れていた。
両の手のひらに視線を落として、審神者はため息をついた。
人の多さに大倶利伽羅の機嫌が良くなかったのもあったので、どこか空いている場所を探そうと提案して喧噪を離れようと屋台通りを歩いていると、集団とぶつかってつないでいた手が離れてしまった。
彼はすぐに気づいてくれたようだったが、屋台と屋台の間に押し出されてしまい、あげく転んだせいで彼からは急に消えたように見えたかもしれない。
転んだ時に思わずついた手のひらの擦り傷に顔をしかめつつ、もう一度通りに出たが、しかし彼の姿は見える範囲にはいなかった。
どこに行ってしまったのだろうか。もしやこれ幸いと置いていかれたのかも、と思わず浮かんだ嫌な想像を振り払い、まずは人の少ないところに出てから彼を捜そうと歩き出した。
人の通りを見渡せる場所に立って、大倶利伽羅はため息をついた。
いったい主である審神者はどこに行ってしまったのか。集団とぶつかったはずみで手が離れてしまったと気づいたときには、もうその姿は見えなくなっていた。
鶴丸から主を頼むと念押しされたというのに、こんなことが知られたら何を言われるかわかったものではない。
忌々しさについ舌打ちが出て大倶利伽羅は首を振ると、花火が楽しみだと会話を交わす人々の声を背に、別の場所を捜そうと踵を返した。
花火などどうでもいい。主を見つけることのほうが大事だった。
有料の観覧席が見渡せるあたりにまで歩いてくると、慣れない下駄のせいで足が痛くなったので審神者は立ち止まった。
大倶利伽羅と連絡を取る手段もないのにはぐれてしまった己の情けなさにため息をつく。
疲労と手のひらの痛みが混ざり合ってみじめな気持ちに変わり、思わずしゃがみこんだ時だった。
「……なあ、きみ。大丈夫か?」
声に顔を上げると、浴衣姿の鶴丸国永が立っていた。
思わず名を呼んでいたが、しかし彼が自分の本丸の刀剣男士でないことはすぐにわかった。
「俺の名を知ってるってことはきみも審神者か」
その鶴丸国永は、彼の主である審神者とこの花火大会に来ていたそうだが、途中ではぐれてしまったという。
自分も同じだと伝えると、彼はお互いに困った状態だなと言いながらもどこかホッとしているようにも見えた。
二人で近くの石段に腰かける。そこからはちょうど屋台の通りのほうも見えた。
「しかしこれほどの人出とは思わなかった。主を捜すのも一苦労だ。そういえばきみは誰と一緒に来たんだい?」
大倶利伽羅と一緒に、と答えると彼は目を丸くした。
「本当に?そいつは驚きだな」
自分のところの鶴丸国永の提案で来ることになったのだとかいつまんで説明すると、彼は笑い声をあげた。
「なるほどな。しかしきみときみのところの伽羅坊は仲がいいんだな」
だってデートというやつだろう、と鶴丸は片目を閉じる。
必死に否定するのも何か違うようで、そんなところですと返すにとどめた。
事実は全く違って、自分だけがデートだと思っているみじめさに胸が痛んだ。
「さて、もう一度捜しに出るかな。きみは大丈夫かい?」
うなずいて、ありがとうございますと頭を下げ、立ち上がって歩き出そうとしたところで足に痛みが走って再び腰を下ろした。
見れば、足の親指と人差し指の間が赤く擦れていた。
気を付けていたつもりだが、下駄の鼻緒が食い込む履き方にいつの間にかなっていたのだろう。
気づいた鶴丸国永が肩に手を置いて大丈夫かと声をかけながら心配そうに見てくるので、大丈夫だからどうぞ捜しに行ってくださいと手を振る。
確か巾着の中に絆創膏を入れていたはずだ。
「けどきみ、さっきから顔色が悪いぞ。このまま放って主を捜しに行くのもな……」
困った様子でそう言いながら鶴丸はあたりを見回し、あ、と声を上げた。
その声につられるように視線を向けると、大倶利伽羅と、その隣に浴衣姿の女性が並んでこちらに歩いてくるのが見えた。
女性の腕が大倶利伽羅の腕にからんでいる。
途端に痛んだ胸に、バカだなぁと内心で自嘲して顔をうつむかせた。
いずれ似たようなことが現実に起きたとしても、何もおかしくないではないか。
「おーい、きみ!こっちだ」
鶴丸国永が手を振って彼らを呼ぶ。女性が手を振り返して、ためらうことなく腕をほどいて駆けてきた。
「鶴丸!もう、どこに行っちゃったかと」
「いやすまない。あちこち見ていたらきみを見失っていてな……」
「びっくりさせないでよね」
再会した二人の様子を見るかぎり、きっとあちらは本当にデートなのだろうな、とうらやましい気持ちを見出したとき、すぐそばで身をかがめる気配があった。
「どうした、どこか痛むのか」
大倶利伽羅に顔を覗き込まれ、驚きながらも鼻緒で擦れたことを伝えると、彼は下駄を脱がせて自分の膝へと足を乗せ、審神者の持つカゴ巾着から絆創膏を取り出して擦れたところへ貼ってくれた。
流れるような手際の良さに、遠慮をする暇さえなかった。
「ほかに痛むところは」
手のひらの擦り傷を見せると、絆創膏と一緒に入れておいた小さな容器を取り出す。それには薬研藤四郎特製の傷薬が入っていて、大倶利伽羅はそれを指に掬い取り、優しく塗りこんでいく。
傷によく効くそれは、だがかなりしみるので思わず顔をしかめた。
「……もう他にはないようだな」
彼のため息と共にされた問いに、ジンジンと痛む手に涙目になりながらなんとかうなずく。
また彼を呆れさせてしまった情けなさからにじんだ涙を、痛みの所為だと誤魔化せたらいい。
鶴丸国永の主である女性が、声をかけられて絡まれているところを大倶利伽羅に助けられたこと、おかげでこうして鶴丸と会えたと礼を言ってきた。
「本当に助かったわ。ありがとう。うちの鶴丸がご迷惑をおかけしなかったかしら」
彼女の問いに、まさか、と首を振る。主さんを捜したいだろうに気遣ってそばにいてくれたのだと答えれば、彼女は鶴丸を見てにっこりと笑った。
「いいことしたじゃない鶴丸。あとで何かおごってあげる」
「おいおい。俺は子供か?」
「あちこち見てふらついたあげく主を見失うのは子供で充分でしょ」
「こいつは手厳しいな……」
二人のやりとりに思わず漏れそうになる笑いをこらえ、こちらこそありがとうございましたと頭を下げた。
そうして大倶利伽羅を振り向いて、もう帰ろうとうながす。
「あら、花火これからよ。見て行かないの?」
遅くなるのでもう帰ることを告げれば、二人は残念そうにしながらもそれじゃあと手を振って観覧席のほうへと歩いて行った。
二人が去っていくのを見送り、もう一度帰ろうとうながす。
「……いいのか、花火を見て行かないで」
平気、と答える声が少しばかり震えてしまったものの、彼にこれ以上迷惑はかけたくなかった。
その一心で首を振ったが、大倶利伽羅はため息をついて、腕をつかんできた。
そうして自分へと引き寄せ、喧騒とは反対の方へと歩いて行く。
大倶利伽羅、と戸惑いながら呼ぶと、彼はため息をつきつつも人のいない場所を見つけてあると言った。
「このまま帰ったらあいつらに何言われるかわかったものじゃない」
人々の歓声が遠くに聞こえる。そこは会場からはかなり離れた場所だ。
湖上に打ちあがる花火への距離を思えばこの場所での鑑賞はいささか迫力には欠ける。
それでも夜空に咲く花を見上げる主の嬉しそうな横顔を見れば、花火などどうでもいいと思っていたがそう悪いものでもないな、と大倶利伽羅は考え直した。
主を捜している途中でこの場所を見つけていた。
立ち入り禁止ともなっていないし、距離は遠いが花火が見られないこともないだろうと、主を見つけたらここへ連れて来ればいいと見当をつけて再度捜し始めたところで言い争う声を聞いた。
一人の女が複数の男に囲まれる格好で言い争っている。
面倒な気配を感じつつも、気づいてしまうと見てみぬふりが出来なかった。
だからといってやみくもに首を突っ込むつもりもなかったので少し様子を見ていると、女の方が大倶利伽羅に気づいて、彼の名を呼んだ。
女が男たちを押しのけて駆け寄り、彼の腕にしがみついた。
どこに行ったかと思った、と声をかけてくる女に若干の苛立ちを覚えたものの必死な様子であったので下手に振り払うこともできず、舌打ちと共に因縁をつけてくる男たちを睨んだ。
男たちが去った後、ふたたび主を捜そうとする大倶利伽羅を女が呼び止めて、一緒に捜してついでにナンパ避けになってくれないか、と彼にしてみればかなり図々しい頼みをしてきた。
鶴丸国永と共に来たがはぐれてしまい、先ほどのようにしつこい奴がまた出ないとも限らないからと言って。
断ることもできたが、大倶利伽羅はしばし考え、わかったとうなずいていた。
捜している途中で何度か声をかけられたりしてうっとうしい思いをしたのは彼も同じだった。
そしてようやく見つけた主のそばには、鶴丸国永の姿があった。
自分のところの鶴丸ではないとわかっていても苛立つし、主の肩に手を置いて距離が近いのも苛立ちに拍車をかける。
女が鶴丸国永に駆け寄り、会話をしているのを気にも留めずに大倶利伽羅は石段に腰掛けている主のそばに寄った。
身をかがめて覗き込んだ主の顔色は悪かった。
どこか痛いのかと問えば、鼻緒で擦れてしまったと気落ちした様子で返され、大倶利伽羅は主の足を持ち上げて下駄を脱がせた。
足の親指と人差し指の間が赤く擦れているのを見て、主の手にある巾着から絆創膏を取り出す。
薬研藤四郎が、必要になるだろうと手製の薬と共に入れていたものだ。
それを貼ってやり、さらには転んだときに出来たという手のひらの傷に薬を塗る。
しみて痛そうに顔をしかめるのを見やって、ようやく大倶利伽羅は安堵の息をつくことが出来ていた。
主に花火を見せることもせずに帰れば、きっと留守をあずかる連中がうるさく言ってくるだろう。
帰ろうとうながす主を連れてここへ来たのはうるさく言われないためでしかない、と大倶利伽羅は自分に言い聞かせた。
けれどこうして実際に嬉しそうに見ている横顔を眺めれば、そんなものは単なる建前でしかなかったことを認めるしかなかった。
きっと誰が一緒だったとしても、花火を見る主の横顔は同じだ。けれど他でもない、そばにいるのが自分だということに大倶利伽羅はなんとも言いがたい感覚になった。
優越感とは違う。ズレていた何かがはまったような、そんな感覚に近い。
大倶利伽羅が見つめていることに気づいたのか、主が彼を振り向いた。
連れてきてくれてありがとうと、ほほ笑む顔は先ほどよりずっと柔らかで、色も良くなっている。
ほとんど無意識のうちに手を伸ばして、大倶利伽羅は主の体を抱き寄せていた。
腕の中で戸惑いながら彼を呼ぶ主の声に嫌悪がないことを感じ取って、抱きしめる腕に力を込める。
「あんたの手をもっと強くつかんでおくんだった。すまない」
ややあって、大倶利伽羅の背中に主の手が控えめに触れ、捜してくれてありがとう、と声がした。
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