『――黒子、もし他に用事がないなら、二人で初詣に行かないか?』
そんなメールが黒子の携帯に送られてきたのは、大晦日、新年まであと数時間を切ったという頃だった。
文面を何度も読み、送信者の名前を何度も確認し、やがてじわりと喜びが広がっていくのを感じ、黒子は口元を緩めた。
明確な関係にはなっていない。
けれど以前よりも距離が近づいたように思うし、どことなく、一瞬交わる視線の意味を読み取れるようになっていた。
部活中、ドリンクのボトルを手渡してくれた時、一瞬触れ合った指先にどうしようもなく熱を感じたこともある。
それと同時に、勘違いだったらどうしようかと思ったこともある。
まったく見当違いだったら、気持ちを立て直すのに時間がかかるだろうと言う確信を持つ程度には、想いが膨れ上がってしまっている。
これをきっかけに、何かが確かに変わってしまう。そんな不安と、二人と言う単語がどうしても心を跳ねあがらせる。
だってこんなの、期待するなと言う方が無理ではないか。
返信をしなければ、と気づいたのはそれから十五分も経ってからだった。
「おはよう。あと、明けましておめでとう、黒子」
あれからメールのやりとりを数度して、待ち合わせの場所と時間をメモにまで書いて、やりとりを締めくくる向こうからの「おやすみ」という文面を受け取った頃には、日付が変わるまで一時間を切っていた。
もう寝なければ、と家族に先に休むことを告げて部屋に戻った。
明日のことを考えながら眠ったせいか、朝は予定よりも遅く目が覚め、約束の時間を二分ほど遅れてしまった。
「お、おはようございます。すみません、遅れて……あと、あけましておめでとうございます」
待ち合わせの場所に走りつき、黒子が挨拶をしながら謝ると、木吉はポンポンと軽く肩を叩く。
「遅れるならメールくれたらよかったのに、そんなに急がなくても」
「でも、せっかく誘ってくださったのにそんな」
「律儀だな、黒子は。ほら、じゃあ混まないうちに行こうか」
「はい」
テレビで見るような大きな神社でないとはいえ、やはり元日の参詣ともなると人出は多い。
華やかな着物姿の女性や、年配の夫婦、家族連れなどいろいろな人たちで賑やかな参道を二人はすり抜けるように拝殿のほうへと進んでいく。
木吉の高い身長のおかげで黒子は見失わないが、しかし木吉の方はどうしても黒子を見失いがちになる。
黒子を捜す木吉が視線をさまよわせているところへ、人込みをすり抜けて黒子がたどりつくということが三度あったので、どうせ人も多いのだからこうしたほうがいい、と木吉が黒子の手を握ったのは、拝殿で手を合わせる参拝客の背中が近づいてきたときだった。 思わずと言った様子で黒子は木吉を見上げる。その視線に、どうかしたのか、と木吉は首をかしげた。 なんでもありません、と答える声が、自分のことながら面白いほど上ずっていたことに、黒子は奇妙な恥ずかしさを覚えた。
二人の参拝の順番が回ってきて、そろって賽銭箱にお金を入れ、手を合わせる。
ふと思い出したのは、祖母から何度も言われていたことだ。
いわく、お参りはまず神様に感謝をしてから、それからお願いをするのだ、と。
誠凛に入ってからの一年、チームで共にバスケを出来たことを感謝し、そしてこれからもチームでバスケが出来ますように、と黒子は祈った。 そして隣を見やり、急いで付け加える。
――そして、木吉先輩の膝が治って、無事に帰ってきてくれますように。
「あれ、黒子?」
ふと気が付くと、黒子の姿が消えていた。
あちこちに視線をやるが、それらしい姿は見当たらない。
拝殿から離れるときに手をつないでいなかったのが災いしたらしい。
なるほど、日向やリコたちから、最初の頃はよく黒子の姿を見失っていたのだと話に聞いてはいたが、これがそれかと木吉は変に納得して、そうして携帯を取り出したところで、背後からすみません、と声がした。
振り返ると黒子が両手に何か大事そうに抱えながら立っていた。走ってきたのか、息を切らしている。
「すみません、勝手に離れて……あの、どうしてもこれを先輩に渡したくて」
そう言って黒子は手にしていた小さな袋を木吉に差し出す。
「オレに?」
「お守りです」
「あ、ああ。ありがとう……」
袋を開けると、カエルの形をした携帯ストラップタイプのお守りが入っていた。
なぜカエル?と木吉は首をかしげる。
よくよく見ると、そのカエルの背中には神社の名前が入っており、お腹側には『無事カエル』の文字が刻まれている。
「先輩が、アメリカから無事に帰ってこられますように……カエル、です」
最初は木吉の膝が治るように、という願いに合ったお守りを、と思ったが怪我の治癒などのお守りは実はあまり無いようで、病気回復のものがほとんどだった。じゃあ、と並ぶお守りの中で目に付いたのはカエルだった。 無事帰る、という掛け言葉を見て、これだとピンと来た後は、もうそれしか目に入らなかった。
せっかく渡米して治療しても、無事に日本へ帰ってきてもらわなければ意味がない。
なぜカエルのお守りなのか、と言う黒子の説明に、木吉は携帯をぎゅっと握りしめる。そうして、フッと吹き出し、肩を揺らして笑いだす。
「あの、木吉先輩?」
「いや、悪い。そうじゃなくて……そっか。うん、わかった。ありがとうな、黒子」
木吉は笑いを収め、二度三度とうなずくとそのお守りをさっそく携帯に取りつけ、そうして黒子の頭をそっと撫でた。
「ちゃんと帰ってくる。そしたら、またみんなで……」
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